三島通庸 神社の神様 - 神社ファン

三島通庸

みしまみちつね

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
三島通庸

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩士(薩摩藩)
  • 官僚

江戸~明治 [1835年~1888年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 三島通庸とは?

    三島通庸(1835-1888)は明治時代の政治家であり官僚。薩摩藩で代々御能方鼓役を勤める下級藩士三島通純の子供。薩摩藩士時代は尊王攘夷運動に没頭し寺田屋事件などにも連座するが西郷隆盛に取り立てられ、その後は戊辰戦争などにも従軍している。維新後は東京府に官僚として出仕し銀座煉瓦街の建設を進めた。その後は地方に転出し、酒田・鶴岡・山形・福島・栃木の県令を歴任する。県令の時代には東北地方の産業育成を目的として、栗子隧道,会津三方道路などの大土木工事を推進。周囲からは土木県令と呼ばれるようになったが、同時にその手法に強引な部分があったことから鬼県令とも呼ばれていた。福島県令の際には会津三方道路の建設を推進したが反対する福島県議会と軋轢を生じ、県下の自由党員などを弾圧する福島事件を引き起こした。また、この事件が引き金となり自由民権運動のひとつ加波山事件へとつながってゆく。その後は東京に戻り内務省を経て警視総監に着任。1877年には保安条例が施行され、通庸は自由民権運動の活動家に対する弾圧に辣腕をふるった。 通庸は栃木県那須塩原市にある三島神社に祭神として祀られている。民権運動の弾圧などの強権的な人物であったが一方では那須野ヶ原の開墾などにも尽力し、地元では塩原地域の恩人として崇敬を集めている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    土木県令

    どぼくけんれい

    その他

    鬼県令

    おにけんれい

    その他