三田井親武
みたいちかたけ
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祭神ランキング1527位
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安土桃山 [~1591年]
三田井親武とは?
三田井親武(?-1591年)は戦国時代の武将。三田井家は平安時代より日向国高千穂一帯の広大な土地を治める高千穂氏の後裔にあたる。しかし、河内・田原・岩戸・芝原・向山・桑野内などの諸氏が惣領制による相続によって分家し、高千穂氏の納める土地が三田井地域に限定されてきたことなどから、鎌倉時代後期からは三田井を名乗るようになった。その後、鎌倉幕府の滅亡、南北朝を経て室町幕府の樹立など、中央では様々な政変もあった。しかし、辺境の高千穂では比較的平穏な政情が続き、親武もまた後河内神社の再建をはじめ領内の文化復興に力を注いでいる。戦国期になると近隣の有力大名である大友氏と島津氏に挟まれることになり、三田井家は島津氏の麾下に属す体制となった。しかし、島津氏も豊臣秀吉の軍門に下り、日向国は高橋元種に与えられたが、親武が治める高千穂は属さなかった。そのため、当地を欲した元種により親武は謀殺されてしまう。 親武は宮崎県西臼杵郡の宮水神社に祭神として祀られている。謀殺した親武の首を元種の元に運ぼうとしたところ、にわかに重くなり運ぶことができなくなったためにやむなく埋葬した場所に宮水神社が建立されたという話が残っている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
