三宅康貞
みやけやすさだ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 大名
戦国~江戸 [1544年~1615年]
三宅康貞とは?
三宅康貞(1544-1615)は戦国~江戸時代の武士。三宅政貞の子で三宅康信らの親。三宅氏は三河国(愛知県)高橋荘に勢力を持っていたが、徳川家康に攻められたことを機に父・政貞と共に家康に臣従。旧領の三河国梅坪を安堵される。康貞は、掛川城の戦い、姉川の戦い、長篠の戦いなど数多くの合戦に参戦し活躍。多くの武功を上げたことで、1590年に武蔵国(埼玉県)瓶尻で5千石の領地を与えられる。さらに1604年には1万石に加領され、三河国挙母藩初代藩主となった。1615年に72歳で死去。家督は嫡男の康信が継いだ。 康貞は巴江神社(愛知県田原市)で祭神としてまつられている。三河国田原城主となっていた三河田原藩の第9代藩主・三宅康和は、1815年に三宅家の遠祖とされる児島高徳をまつる児島社を二の丸に建立し、田原藩三宅家の藩祖である康和も合祀された。明治に入り児島社は巴江神社と改称。昭和の初めに社殿は本丸跡に遷座された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
三宅惣右衛門康貞みやけそうえもんやすさだ
その他
