三条天皇
さんじょうてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

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祭神ランキング1003位
- 天皇
平安 [976年~1017年]
三条天皇とは?
三条天皇(976-1017)は平安時代の皇族。第63代冷泉天皇の第2皇子で、母は藤原兼家の娘・藤原超子。敦明親王らの親。妻は藤原娍子ほか。従兄弟にあたる一条天皇の譲位により即位したが、当時は左大臣の藤原道長が権勢をふるっており、道長の娘・藤原妍子を中宮とするも三条天皇と道長の関係は良くなかった。道長の反対を押し切って娍子を皇后にすると道長はその儀式を妨害。妍子との間には男子が生まれなかったことも、さらなる軋轢を広げる要因になったとされる。道長は三条天皇の眼病をきっかけに、道長の外孫である敦成親王(後の後一条天皇)への譲位をせまり、三条天皇は娍子の子・敦明親王を皇太子に立てることを条件として敦成親王に譲位。百人一首で知られる三条天皇の和歌は、退位を決意したときに詠まれたと伝えられている。翌年には出家し三条院となったが間もなく死去した。 今宮神社(京都市右京区)は三条天皇の託宣により建立されたと伝えられる。三条天皇の世で流行った疫病を鎮めるため創建された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
