三条実万 神社の神様 - 神社ファン

三条実万

さんじょうさねつむ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
三条実万

冷泉為恭 (パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 公卿

江戸 [1802年~1859年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 三条実万とは?

    三条実万(1802-1859)は江戸時代の公家。三条公修の子で三条実美らの親。公家の名門・清華家7家のひとつ三条家に生まれ、幼いころから学問を好み、儀式や儀礼に通じ、和歌や書に優れた才を見せた。光格、仁孝、孝明の3代に渡る天皇に仕え、幕末には武家の奏上を朝廷に取り次ぐ役職、武家伝奏として江戸幕府との交渉にあたった。日米修好通商条約勅許問題では勅許反対の立場をとり、将軍の継承については一橋慶喜を支持し、朝廷内の一橋派の中心人物となった。これらのことから大老の井伊直弼と対立し、1859年に安政の大獄で謹慎処分を受け出家。京都で俗世間とは離れた生活を送っていたが、同年に病死した。没後に右大臣と正一位を贈られ、1869年には明治天皇より「忠成公」のおくり名が与えられた。 実万は梨木神社(京都市上京区)で祭神としてまつられている。梨木神社は実万の生地に1885年に創建された。後に実万の意志を継いだ実美も合祀され、学問・文芸を志す者の信仰を集めている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。