三浦義意
みうらよしおき
- 歴史的人物
- 男神・男性

緑亭川柳(英雄百首)
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [1496年~1516年]
三浦義意とは?
三浦義意(1496-1516)は戦国時代の人物。父は三浦義同で、平安時代から続く三浦家の分家、相模三浦家の最後の血筋である。15歳で家督を譲られ相模国(神奈川県)三崎城(新井城とも言われる)を与えられると、足利政氏や上杉朝良に従って北条早雲と戦うようになる。北条五代記によると、義意は7尺5寸の巨漢で1丈2寸もの長さの金砕棒を武器にしていたという。一薙ぎで10人を薙ぎ払い、最終的には500人を討ち死にさせたとの逸話も持つ義意は、荒次郎、八十五人力の勇士などの異名を持った。しかし、1513年頃には後北条氏に破れて複数の城を奪われ、父と共に三浦半島の三崎城に籠って3年にわたり籠城戦を続けるも、ついには落城する。これによって三浦氏は滅亡し、北条氏による相模平定が完了した。義意の武勇と鬼神のごとき戦いは後世にも伝わり、様々な伝説として残されている。その一つに、義意が己の首をはねるとそれは小田原まで飛んでいき海岸の松の枝にかかったというものがある。首は3年もの間まるで生きているように目を見開き、腐ることもなかったが、高僧による供養を得てその土地の守護神となったという。この時建てられた神社が居神神社(神奈川県小田原市)である。 義意は、前述した居神神社に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
