坂本龍馬 神社の神様 - 神社ファン

坂本龍馬

さかもと りょうま

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
坂本龍馬

高知県立民俗歴史資料館所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1003位

  • 郷士(土佐藩)

江戸 [1836年~1867年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 坂本龍馬とは?

    坂本龍馬(1836-1867)は、江戸時代末期の土佐藩郷士。通称は竜馬、他に才谷梅太郎などの変名がある。土佐藩郷士の家に生まれ14歳から剣術の修行を始め、1856年に免許皆伝を得る。1862年長州藩の尊王攘夷の志士である久坂玄瑞や高杉晋作らと交流を持った。同年、勝海舟にも出会い弟子入りする。1863年に長州藩が攘夷を決行し、米仏軍艦に惨敗する下関事件が起きると、姉・乙女への手紙に「日本を今一度洗濯いたし申し候」という有名な言葉を記す。1865年に幕府が長州の征討を号令した際は、大久保利通や西郷隆盛らが幕府の号令に応じない決意を固める。翌年龍馬は、薩長同盟を仲介した。その傍ら、長崎・亀山を本拠地とする「亀山社中」を立ち上げ、長州藩が必要とする武器や軍艦を購入するなど、戦力面でも同盟を助けた。1866年の第二次長州征討では長州藩の軍艦ユニオン号に乗り組んで下関海戦に参加し、これが生涯で唯一の実戦経験となった。さらに幕府が政権を天皇に返上する「大政奉還」や、議会開設などの構想「船中八策」を考案し、その思想は明治政府の政策綱領「五箇条の御誓文」へと受け継がれている。しかし1867年、龍馬は近江屋で襲われた。幕府の組織「京都見廻組」の仕業というのが定説である。享年33歳。 岐阜県中津川市千旦林にある龍馬神社では、龍馬を主祭神として祀っている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。