斎藤宇一郎
さいとうういちろう
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- その他
江戸~大正 [1866年~1926年]
斎藤宇一郎とは?
斎藤宇一郎(1866-1926)は明治から大正時代の人物。旗本仁賀保氏の家老格の家柄に生まれ、政治家であり農業指導者として知られている。明治学院にて動植物学の教師として教鞭を振るっていたが、父の死により帰郷した。当時故郷の秋田県は湿田が多く、生産性が悪いうえに区画整理もされておらず、田の管理もひどく難しかった。そこで宇一郎は、湿田を乾田に改める農業改良事業および人耕から馬耕への農業技術の指導のほか、耕地整理の実施、青年の実業教育などに力を注ぎ、生産性の向上に成功した。1902年衆議院議員選挙に初当選し、国政へ加わる。以後、8回連続当選を重ね、秋田県農会副会長、横荘鉄道株式会社社長などを歴任した。また、その間農業保険法などの農業立法に重要な役割を果たした。大隈内閣の時には農商務省参政官に推されたが、郷土の指導を優先しこれを辞退している。 宇一郎は、仁賀保神社(秋田県にかほ市)に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
