佐伯惟治 神社の神様 - 神社ファン

佐伯惟治

さえきこれはる

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング303位

  • 武人

室町 [1495年~1527年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 佐伯惟治とは?

    佐伯惟治(1495-1527)は戦国時代の人物。豊後佐伯氏第10代当主に当たり、父に佐伯惟世がいる。戦国期の佐伯氏の居城である栂牟礼城を築いた。文武両道の良い領主として慕われていたが、主である大友氏の許可なしに祖母岳大明神を領内に勧進したり、修験道に傾倒するなどの行いが祟り、謀反を企てているとの讒言を受けてしまう。惟治は弁明しながら城にこもり抵抗を続け、討伐隊の大将たる臼杵長景を大いに苦しめた。そこで長景は偽りの和議を持ち込んで惟治を城から誘い出し、これを襲撃する。惟治は抵抗を続けるも、最期は自害に追い込まれた。しかし、惟治の死後各地で異変や災厄が相次ぎ、長景も病死した。人々はこれを惟治の祟りと恐れ、富尾神社(大分県佐伯市)をはじめ日向国(宮崎県)と豊後国(大分県)の国境一帯に、惟治を祀る20あまりの神社を建立した。また、豊後佐伯氏は大神姓であり、蛇神信仰と繋がりが深いことから「トビノオサマ」と呼ばれ、夜刀神と同一視されることもある。 惟治を祀る神社で特に有名なのは、御頭神社(宮崎県延岡市)である。この地にはかつて宝泉寺という寺があり、惟治の首を持って襲撃から逃げ延びた家臣が寺に首を葬ったことから社名に繋がる。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    富尾神社
    (大分県佐伯市大字青山3017-1)
    富尾社
    (大分県佐伯市大字海崎2605番)
    富尾神社
    (大分県佐伯市直川大字赤木2003)
    鴟野尾社
    (大分県佐伯市宇目大字千束2108番)
    王子神社
    (大分県佐伯市蒲江大字蒲江浦2481番)