佐藤忠信 神社の神様 - 神社ファン

佐藤忠信

さとうただのぶ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
佐藤忠信

緑亭川柳(英雄百首)

佐藤忠信

菊池容斎(前賢故実)

祭神ランキング1527位

  • 武人

平安 [1153年または1161年~1186年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 佐藤忠信とは?

    佐藤忠信(1161-1186)は陸奥信夫郡(福島県)出自の平安時代後期の武士。父は佐藤元治、兄は佐藤継信となる。藤原秀衡の郎党であったが、兄継信と共に奥州に身を寄せていた源義経の家臣となり、継信および鎌田盛政、光政兄弟らと合わせて義経四天王と呼ばれた。兄継信は屋島の戦いで討ち死をとげた。忠信は壇ノ浦の戦い後京に戻り義経と共に官位をいただくが、この事により源頼朝に疎まれた。義経を京より落ち延びさせた忠信自身は頼朝の家臣糟屋有季に追い詰められる。多勢に無勢となった忠信は奮戦の後、義経から下賜された刀を自らの口に突き立てて自害したと伝えられている。忠信は歌舞伎や能の戯曲の中でも描かれ人気の演目として演じられている。歌舞伎では、狐の化身として静御前を守り義経の信を得るという筋書きの「義経千本桜」。また、京に潜伏していた際に頼朝の追っ手に追い詰められた忠信が碁盤を手に勇猛に応戦する様を描いた「碁盤忠信」などである。能では忠信は吉野山で襲われた義経一行を守り奮戦する姿が描かれている。 忠信は源九郎狐として奈良県大和郡山市の源九郎狐神社に祀られている。源九郎狐神社は本来は稲荷社であることから主祭神は宇迦之御魂神であり五穀豊穣にご利益がある保食神となる。義経がこの稲荷社を厚く信奉したために源九郎の名を贈ったと言われている。その贈り名と義経伝説に現れる源九郎狐がいつしか混同され社名にまでなった。忠信が神格化し祀られている訳ではないが、現在では同一視されている珍しい事例である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。