佐藤信淵
さとうのぶひろ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 学者
江戸 [1769年~1850年]
佐藤信淵とは?
佐藤信淵(1769‐1850)は、江戸時代後期の経世家。経世家とは幕藩体制の危機を意識し具体的政策や対策を論じて為政者の覚醒をうながした在野の知識人を指す。信淵は出羽国雄勝郡 (秋田県羽後町)に佐藤信季の長男として生まれる。幼少の頃より父に伴われ諸国を遊歴するが、父信季が亡くなると江戸に赴く。江戸では、宇田川玄随に蘭学、木村桐斎に天文・地理・測量、井上仲竜に儒学などと様々な権威に学び知識を習得した。阿波藩に招かれ「海防策」「西洋列国史略」などを著す。その後江戸近隣に舞い戻り平田篤胤に入門。しかし、同時期神道方吉川源十郎にも入門し、神道講談所問題に連座し江戸払いとなっている。その後、信淵の著作活動は活発となり、様々な書物や講和により幕末の経済危機や海外からの外交危機などに対して持論を展開する。1833年には禁を犯して江戸に入ったために十里四方追放となり足立郡鹿手袋村(埼玉県浦和市)に蟄居するが、このころにはすでに経世家としての名声を得た存在となっていた。その後、江戸立ち入りを許され82歳で没した。 信淵は秋田県秋田市の彌高神社に平田篤胤と共に祭神として祀られている。江戸時代の地著名な学者が祀られていることから、学業成就のご利益があらたかで受験期には学業祈願の参拝者が数多く訪れている。
ご神徳
学業成就 合格祈願
