佐竹義久
さたけよしひさ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [1554年~1601年]
佐竹義久とは?
佐竹義久(1554-1601)は戦国時代の人物。佐竹義堅の子、佐竹義賢、伊達宣宗らの親。常陸源氏の流れを汲む佐竹氏一門である佐竹東家の当主。当主となった当初は、本家当主である佐竹義重に付き従い、各地での戦いで戦功を挙げた。戦以外でも、武田氏との甲佐同盟締結に携わる、佐竹氏が持つ陸奥方面の軍事を任されたり、と一族の中でも重用されていた。その活躍は、一族の中だけには止まらず、豊臣秀吉からは直轄地の代官を任され、豊臣姓も下賜されている。文禄・慶長の役にも参加し、戦功を挙げている。数々の功績から、6万石を超える領地を拝領し、これも一因となって、佐竹家は豊臣六大将とも呼ばれるほどの大大名となった。関ヶ原の戦い後にはいち早く徳川家康とつながりを持ち、豊臣側徳川側のどちらにもつかずだった佐竹家の本領安堵を願い出た、と伝わっている。 佐竹義久は東館神社(秋田県秋田市)に祀られている。明治の神仏分離政策への対応として、元は佐竹東家の祈願寺であった蓮乗院を東館神社と改装したものである。数々の戦に参加し、戦功を挙げた義久を武神として合祀している。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
東義久あずまよしひさ
その他
