佐々木義清 神社の神様 - 神社ファン

佐々木義清

ささきよしきよ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

平安~鎌倉 [1160年以降~]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 佐々木義清とは?

    佐々木義清(?-?)は平安時代末期~鎌倉時代初期の人物。武将・佐々木秀義の子で、佐々木政義らの親。妻は大庭景親の娘。生没年は不詳だが、1159年の平治の乱で敗れた父親の秀義が、落ち延びる途中で相模国の渋谷重国の庇護を受け、重国の娘との間に生まれたのが佐々木義清であるとされる。義清は成人するまで渋谷荘で過ごし、平氏に忠実な武将・大庭景親の娘を娶った。そのため1180年の石橋山の戦いでは、異母兄たちが源氏側だったのに対し、義清は舅の顔を立てて平氏方で参戦した。ところが義清は同年10月の黄瀬川の戦いで頼朝方に転じ、その後は平氏の残党狩りにも従軍している。当初は敵であったため頼朝に訝しまれていた義清だが、複数回の従軍を経て着々と信頼を勝ち取り、やがて鎌倉幕府の有力御家人の一人となった。 1221年には承久の乱の功によって出雲・隠岐両国(現在の島根県)の守護となり、その役目は子孫たちにも引き継がれた。義清の子孫が出雲国に土着して「出雲源氏」の流れが生まれたため、義清は一般に出雲源氏の祖とされている。中でも隠岐氏・塩治氏・富田氏・高岡氏・佐世氏・湯氏・末次氏などは、義清の直系として扱われる。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。