黒田宗満
くろだむねみつ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
南北朝 [~1357年]
黒田宗満とは?
黒田宗満(?-1357)は鎌倉時代後期から南北朝時代の人物。宇多源氏佐々木流を称し、福岡藩黒田家の祖とされる。黒田伝記系図には「近江国佐々木氏信の孫、宗満弘安の頃、伊香郡黒田村に住し、黒田判官と称せらる。その七世孫、左近大夫高政、備前邑久郡福岡村に移る。その子、下野守重隆、その子、美濃守職隆、播磨御着の城主小寺氏を頼み、その家臣となる。その子、孝高なり」とある。最後に出てくる孝高は黒田官兵衛のことであり、宗満は彼の7代前の人物に当たる。寛永諸家系図伝によると黒田家の家系は遡ると宇多天皇に行き当たると言うが、定かではない。宗満の墓は、彼が治めていた黒田六郷の法證寺(滋賀県米原市)にある。寺には黒田家系図が納められており、付近には黒田家の屋敷跡など関連する史跡が点在する。 宗満は、法證寺に隣接する荒尾神社(滋賀県米原市)に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
荒尾神社
(滋賀県米原市本郷275)
