黒住宗忠 神社の神様 - 神社ファン

黒住宗忠

くろずみむねただ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 僧侶

江戸 [1780年~1850年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 黒住宗忠とは?

    黒住宗忠(1780〜1850)は江戸時代の人物。代々備前岡山藩の守護神社今村宮の神官を務める家の三男として生まれ、神道系の新宗教のさきがけとなる黒住教を開いた神道家である。黒住教は幕末三大新宗教に数えられ、神道十三派の草分けである。黒住の孝行息子と周囲からあだ名されたうえ、備前藩から表彰される程の孝行息子であったという。しかし、それ程大切にした両親を相次いで病で亡くしたうえ、宗忠自身も肺結核と思われる病となって寝込んでしまう。死を覚悟する宗忠だったが、正月の朝日を浴びることで復調の兆しを得、数ヶ月で病を克服した。そして、自らの誕生日である冬至の朝日を拝むことで、天照大神と同魂同体となる天命直授という霊的体験をし、それをきっかけに黒住教を立教した。この逸話から、黒住教の最も大切な祈りは日拝とされている。人道支援を主な活動とする黒住教は続々と信者を増やし、孝明天皇をはじめとした皇室や公家にも帰依する者がいた。 宗忠は生誕の地に建てられた宗忠神社(岡山県岡山市)に祀られている。この地は立教の地という意味で大元と呼ばれており、氏神的な神域として多くの人々の信仰を集めている。また、宗忠神社は孝明天皇唯一の勅願所として京都府京都市にも建てられている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    三瀧神社
    (愛媛県西予市城川町窪野大字窪野2816番)