高倉天皇
たかくらてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

藤原為信 - 宮内庁書陵部所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング776位
- 天皇
平安 [1161年~1181年]
高倉天皇とは?
高倉天皇(1161-1181)は平安時代後期の第80代天皇。後白河上皇と平滋子(建春門院)の間の皇子として生まれる。慈子は平清盛の妻時子の異母妹にあたるため、高倉天皇は清盛の甥である。 後白河上皇の第7皇子であった高倉天皇は、本来は即位する可能性が低い存在であった。第78代二条天皇が崩御すると、2歳という幼少の六条天皇が即位するが、後白河上皇らの政治的圧力により廃位、高倉天皇もまた8歳という幼年でありながら第80代天皇に即位する。当時の朝廷の権力は、保元の乱、平治の乱などを経て後白河上皇と清盛の二人にほぼ集約されていたが、徐々に対立が深刻化していた。その中で仲介的な役割を果たしていた母慈子が亡くなると対立は激化し、後白河上皇は幽閉される。この事により高倉天皇は親政を行うが、2年の時を経ず息子の安徳天皇に皇位を譲り上皇となる。安徳天皇は清盛の娘建礼門院との間に生まれた御子であり、清盛の権力はこの事により絶大なものとなった。その後、福原遷都などを強行する清盛に反発し、高倉上皇は遷都を断念に追い込む。しかし、結果として京に源氏を呼び込むこととなり源平の対立は表面化することになる。これらの激動の中で高倉上皇は19歳の若さで病没した。 高倉天皇は滋賀県湖南市の高倉神社に祭神として祀られている。高倉神社は孝霊天皇六年(前282年?)に建立された祠が由緒となる古社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
