高橋政重 神社の神様 - 神社ファン

高橋政重

たかはしまさしげ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩士(人吉藩)

江戸 [1650年~1726年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 高橋政重とは?

    高橋政重(1650-1726)は江戸時代の人物。肥後(熊本県)相良藩の武士で、相良頼喬に仕えていた。政重の功績で最も有名なのは、現在の湯前町から上村まで続く幸野溝の建設である。当時相良藩は新田の開発に熱意を注いでおり、藩主は政重に用水路や堰の建設などの灌漑事業を命じた。用水路の建設は順調に進み、2年程で完成する。ところが、堰の建設のほうは難儀した。工事中に2度も大洪水に襲われ、工事は完全に頓挫。水田と用水路は長い期間放置されることになってしまった。加えて、藩が膨れ上がる工事費用を出し渋り、政重は自力で費用を捻出するほかなくなった。この時、政重は十一面観音像を背負って農民の家を一軒一軒渡り歩き、用水路と堰の必要性と協力を訴えたと伝わっている。こうした努力が藩に認められ、工事は再開。政重が工事に着手してから実に10年の時を経て、ついに幸野溝が完成した。しかし、幸野溝は完成後も漏水が頻出し、政重を思い悩ませた。そんな時天神様のお告げを受け、そのとおりにしたところ漏水は治まったという。この出来事に感謝した政重は、北野天満宮から勧請し多良木菅原神社(熊本県球磨郡)を建設した。 政重自身も、多良木菅原神社に祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    高橋七郎兵衛政重

    たかはししちろうべえまさしげ

    その他