高橋紹運
たかはしじょううん
- 歴史的人物
- 男神・男性

柳川市天叟寺所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 武人
戦国~安土桃山 [1548年~1586年]
高橋紹運とは?
高橋紹運(1548-1586)は戦国~安土桃山時代の武士。吉弘鑑理の子で高橋統虎(後の立花宗茂)らの親。豊後国(大分県)の大名・大友家の家臣である吉弘家に生まれ、智勇兼備の名将として知られる。初めの名は鎮理であったが、大友氏に対して反旗を翻した高橋鑑種の鎮圧で功を上げ、岩屋・宝満2城を与えられると同時に高橋氏を継ぎ高橋鎮種と名を改めた。1578年に起きた「耳川の戦い」での大敗により弱体化した大友氏に対し、周辺国からの大友領への侵攻が始まるが、紹運は大友家の宿将・立花道雪(戸次道雪)と共に敵対勢力と戦い続けた。この年に紹運は剃髪し、鎮種から紹運と名乗るようになる。また道雪には、再三乞われて嫡男の統虎を婿養子に出している。九州平定をもくろむ島津氏が攻め上ってくると、紹運は岩屋城に籠城し迎え撃った。763名の兵を率い島津氏の大軍と半月に渡る激戦を繰り広げるが、紹運は割腹して果て味方も全員玉砕した。 紹運は三笠神社(福岡県大牟田市)で祭神としてまつられている。祖先の功績を明らかにするため紹運の子孫が三笠神社を建立し、紹運の正室と次男で跡を継いだ立花直次も祭神としてまつられている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
吉弘鎮理よしひろしげまさ
その他
高橋鎮種たかはししげたね
その他
祀られている主な神社
三笠神社
(福岡県大牟田市鳥塚町88番1)
