光厳天皇
こうごんてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

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- 天皇
鎌倉~南北朝 [1313年~1364年]
光厳天皇とは?
光厳天皇(1313-1364)は鎌倉時代末期~南北朝時代の人物。後伏見天皇の子で光子内親王らの親。持明院統と大覚寺統から交互に天皇が立てられていた時期、持明院統の血筋として生を受けるが、祖父・伏見天皇に倒幕計画の噂があったため当時の持明院統は不利な立場にあった。紆余曲折あって14歳の時に皇位継承権が巡ってくるも、大覚寺統の後醍醐天皇がこれを不服として譲位せず、倒幕を企てたため元弘の乱が発生する。これにより鎌倉幕府に支持された光厳天皇が即位し、後醍醐天皇は失脚した。しかし鎌倉幕府が滅亡すると後醍醐天皇が復権し、光厳天皇の即位そのものが否定されてしまう。結局、建武の新政は失敗に終わり光厳天皇が実権を握ったが、後醍醐天皇はそれでも譲位を認めず独自に朝廷を開いてしまう。こうして朝廷は二分化し、世に言う南北朝時代の始まりとなった。このような経緯から光厳天皇は歴代天皇には数えられないが、北朝の初代天皇として名を残している。 光厳天皇は晩年に出家し、常照皇寺(京都府京都市)で禅僧の勤めに精進した。常照皇寺は光厳天皇の陵に治定されているが、皇居の皇霊殿においても他の歴代天皇と共に光厳天皇の魂が祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
