源頼信
みなもとのよりのぶ
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング776位
- 武人
平安 [968年~1048年]
源頼信とは?
源頼信(968-1048)は平安中期の武将。源満仲の三男であり、母親は陸奥守藤原致忠の娘である。源頼光は長兄にあたる。父満仲は摂津国多田に拠点を置き武士団を形成した。父親の拠点は兄頼光が継承し、摂津源氏の祖となる。頼信はこれを離れ河内国古市郡坪井(大阪府羽曳野市)に土着したことから河内源氏の初代となった。次兄の源頼親は大和に拠点を置いたことから大和源氏の祖と言われている。頼信は関白藤原道兼に仕え、道兼の死後は道長に仕えていた。その間に治部権少輔、左馬権頭などの官職に任官するかたわら伊勢、陸奥、美濃、上野、常陸など諸国の受領を歴任し、最強の武士に与えられる鎮守府将軍の地位に就く。武勇に秀で、平維衡・平致頼・藤原保昌らと並び道長四天王と称された。1028年には平忠常の乱の平定に当たり、派遣された翌年に忠常は戦うことなく頼信に降伏した。この勝利により関東における勢力を拡大し、関東武士の多くは頼信と主従関係を結ぶに至った。後に鎌倉に幕府を開く源頼朝は頼信から数えて6代目の子孫となり、頼信が関東における源氏の礎を気付いたことは間違いない。 頼信は大阪府羽曳野市の壺井八幡宮に祭神として祀られている。壺井八幡宮は頼信の居館跡に建立された神社であり、源氏三社の一つと数えられている。
ご神徳
ご神徳は不明です。



