源頼光 神社の神様 - 神社ファン

源頼光

みなもとのよりみつ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
源頼光

国文学研究資料館(日本百将伝 - 歌川国芳 CC BY-SA 4.0)

源頼光

菊池容斎(前賢故実)

源頼光

緑亭川柳(英雄百首)

源頼光

月岡芳年

祭神ランキング1003位

  • 武人

平安 [948年~1021年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 源頼光とは?

    源頼光(948?-1021?)は平安時代中期の武将。鎮守府将軍源満仲の子であり、清和源氏嫡流の三代目となる。父満仲が摂津国多田(兵庫県川西市)に形成した武士団を土地と共に受け継いだことから摂津源氏の祖と言われている。大和源氏の源頼親、河内源氏の源頼信とは異母兄弟に当たる。頼光は若くして朝廷に仕え、但馬国、伊予国、摂津国などを歴任する。その後、左馬権頭となり正四位下を受任すると、後一条天皇の即位に際して昇殿を許される立場となる。摂関家である藤原道長への中世も厚く、道長の権勢が増大すると頼光もまた朝廷の守護と呼ばれるようになった。頼光は官職の他にも武勇伝が多く、配下である渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武は頼光四天王と呼ばれた。四天王を従えた頼光による、大江山の鬼酒呑童子の討伐や、葛城山の土蜘退治などは特に知られた武勇譚である。これらの逸話は頼光が山賊や悪党を討ち果たした武功が伝説化したものとも言われている。また、頼光は武勇のみならず和歌の才能も認められ、拾遺和歌集には3首の和歌が治められている。 頼光は兵庫県川西市の多田神社に多田大権現と呼ばれる父満仲と共に祭神として祀られている。多田神社は源氏発祥の地と言われている事から、勝負運や家業隆盛などにご利益があるとされ崇敬を集めている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。