源有綱
みなもとのありつな
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
平安 [1155年~1186年]
源有綱とは?
源有綱(1155-1186)は平安時代末期の武将。伊豆守源仲綱の次男で、大内守護源頼政の孫。1180年に祖父・頼政、父・仲綱らが戦死した際、有綱は弟の成綱とともに祖父の知行国であった伊豆に滞在しており難を逃れたが、直後に同族の源頼朝が挙兵するとその麾下に入り、父らの仇である平家討滅を目指すことになる。1182年前後に源義経の与力に組み込まれた。家柄や官位、年の頃も義経と差はなく、家臣というより同盟者に近い関係であった。1185年の吾妻鏡に有綱が義経の婿であると称して多くの荘園公領を掠め取っているとの記述があるが、義経の娘がいたとしても有綱とは年齢が合わないため、養女の可能性が高い。義経に対しては非常に忠実な部下であり、頼朝と義経が対立した後も都を落ちる義経の一行に加わっている。九州へ向かう船が暴風雨によって難破し一行が離散した時も、義経と共に吉野山に逃げ込んでいる。その後は義経と別れ、1186年に義経の残党を捜索していた北条時定の手勢に発見され合戦の末に自害した。 栃木県那須塩原市中塩原に、都を追われた有綱が再起をかけ潜んだと言われる源三窟と有綱神社がある。また、同じく栃木県佐野市にも義経の母・常盤御前と有綱を祀った有綱大明神がある。
ご神徳
ご神徳は不明です。
