源範頼
みなもとののりより
- 歴史的人物
- 男神・男性

太寧寺所蔵(パブリック・ドメイン)

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1003位
- 武人
平安~鎌倉 [1150年~1193年]
源範頼とは?
源範頼(1150-1193)は、平安時代の人物。河内源氏の流れを汲む源義朝を父に持ち、源頼朝の異母弟、源義経の異母兄に当たる。治承、寿永の乱において、頼朝の代官として義経と共に活躍し、木曽義仲と平氏を討ち滅ぼす大功績を挙げた。特に有名なのは一ノ谷の戦いで、範頼が大将軍を名乗って敵を引きつけ、義経と見事な挟撃を成した。戦後は頼朝と袂を分かった義経とは異なり、頼朝の下で鎌倉幕府を支える重鎮としてよく働き、頼朝の覚えもめでたかった。しかし、頼朝が上洛した際に謀反の疑いをかけられ、伊豆へ流刑にされる。吾妻鏡によれば伊豆の修禅寺に幽閉されたとされているが、その最期について記された史料は少なく、誅殺、自害、はては生存説など様々な逸話が残されている。また、日本五大桜に認定される石戸蒲ザクラは、殺されることなくこの地に逃れてきた範頼が植えたものとする逸話もある。 範頼は鎌倉神社(愛媛県伊予市)に祀られている。社殿の裏には範頼の墓があり、蒲冠者範頼公墓と刻まれている。範頼は遠江国(静岡県)蒲御厨で生まれたため、蒲冠者と呼ばれていたという。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
蒲冠者かばのかじゃ
その他
蒲殿かばどの
その他
