源義朝
みなもとのよしとも
- 歴史的人物
- 男神・男性

月岡芳年

国文学研究資料館(日本百将伝 - 歌川国芳 CC BY-SA 4.0)
祭神ランキング432位
- 武人
平安 [1123年~1160年]
源義朝とは?
源義朝(1123-1160)平安時代末期に活躍した河内源氏の武将。河内源氏五代当主源為義の長男であり、後に征夷大将軍となる源頼朝の父親に当たる。義朝は検非違使であった父為義の悪評などもあり、白河院の信頼を失い関東地方に若くして下向となる。関東では上総氏など地元の豪族の庇護を受け、また父為義が安房国(千葉県)の丸御厨を配領していた事から少年期には上総御曹司と呼ばれていた。義朝は成長するに従い、徐々に領地を拡大し、地元豪族の争いに関与することにより勢力を拡大。三浦義明、大庭景義ら有力な在地の大豪族を配下に納め関東地方の一大勢力に上り詰めていく。その後、鳥羽上皇の抜擢を受け従五位下下野守に叙任された義朝は京に立ち戻り、後白河天皇方と崇徳上皇方が後継問題で武力衝突となった保元の乱では平清盛らと共同し、実の父為義を打ち取ることになる。しかし、その後清盛が出世をとげ権勢を振るうようになるとこれに反発し、藤原信頼らと共に打倒清盛を掲げて平治の乱をおこすが敗北。東国に脱出して再起を図ろうとするが、その途上で38歳の若さで殺害された。 義朝は神奈川県藤沢市に鎮座する佐波神社に祭神として祀られている。佐波神社の社名は義朝の官職である左馬頭に由来するとされ、創建当初は左馬殿神社と呼ばれていた。出世開運、国家守護などのご利益がある。
ご神徳
別称・異称
上総御曹司かずさのおんぞうし
その他
左馬頭さまのかみ
その他
祀られている主な神社
左馬社
(神奈川県瀬谷区橋戸3ー20ー1)
飯田神社
(神奈川県泉区上飯田町2517)
鯖神社
(神奈川県泉区下飯田町1389)
鯖神社
(神奈川県藤沢市湘南台7-201)
七ツ木神社
(神奈川県藤沢市高倉1128)
