源義時
みなもとのよしとき
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
平安 [~1125年]
源義時とは?
源義時(?-1125)は平安時代後期の武将。全国に数多くある八幡神社の祭神である八幡太郎義家の五男、あるいは六男という説もある。父義家が他界すると義忠が家督を継ぎ源氏の棟梁となる。その際に義時は河内国(現在の大阪府東部)の石川の守りにつき、以降、石川源氏と称される。義忠の死後、家督継承を希望するが果たされなかった。官職は特になく、官位も6位にとどまっている。また陸奥五郎あるいは陸奥六郎と呼ばれる場合もあるが、その真偽は不明。一説には父義家の官職である陸奥守に由来するという説もある。石川源氏は義家の勢力が機内に残留することを恐れた平清盛の征伐によって一時衰退するが、その後盛り返し鎌倉時代には隆盛を誇る。 義時は父祖三代の夢のお告げにより、壺井八幡宮の境内に壺井権現社を創建し河内源氏の祖廟とした。源頼朝が鎌倉に幕府をひらいた後は河内源氏の総氏神は鶴岡八幡宮に移り、壺井八幡宮は石川源氏の氏神となる。宮司は義時の子孫にあたる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
陸奥五郎むつごろう
その他
