源義綱 神社の神様 - 神社ファン

源義綱

みなもとのよしつな

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1003位

  • 武人

平安 [1042年~1132年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 源義綱とは?

    源義綱(1042-1132)は平安時代の人物。源頼義の次男に当たり、兄に義家が、弟に義光がいる。兄の義家とはあまり仲が良くなく、後三年の役で義家苦戦の知らせを受けるも出兵しなかった。この戦いの影響で出世が妨げられた義家を追い越し、美濃守に任じられる。しかし、延暦寺の荘園で寺と争いになり、仏罰を恐れた朝廷によってその後の出世の道は閉ざされてしまう。更には義家の死後、棟梁の座を狙った弟義光によって、義家の跡を継いだ義忠の暗殺の罪を着せられ、無実を訴えるも6人の息子達を自害に追い込まれてしまった。義綱自身は捕縛されたうえ佐渡へ流され、後に自害した。義綱と縁のある神社として、加茂神社(新潟県佐渡市)が挙げられる。この神社は、佐渡に流された義綱がこの地に己が元服した賀茂神社(京都府京都市)の分霊を勧請し、創建したと伝わっている。鶏を使いとする神社としても知られており、敷地内には佐渡を代表する独立型の能舞台がある。 義綱は、兄義家、弟義光と共に平塚神社(東京都北区)に祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    賀茂次郎

    かもじろう

    その他