源義家
みなもとよしいえ
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング234位
- 武人
平安 [1039年~1106年]
源義家とは?
源義家(1039-1106)は平安時代後期の人物。源頼義の子で、源義忠らの親。また源頼朝や足利尊氏の祖先にあたる。河内国(現在の大阪府)で武士の長男に生まれ、7歳の頃に石清水八幡宮で元服したことから「八幡太郎」とも称した。前九年の役で父に従って活躍、多数の犠牲を払いながらも安倍氏を破る武勲を立てる。鎮守府将軍として介入した後三年の役では清原氏の内紛を鎮圧し、数々の活躍から「天下第一の武勇の士」として広く名を知らしめた。朝廷は後三年の役を私闘と見なして何の恩賞も出さなかったが、義家は惜しまずに私財を投じて武士たちをねぎらったという。この恩義から関東の武士たちは後代まで源氏に従うようになり、結果として東国における源氏勢力の基盤が固まることとなった。 前九年の役に際して勧請したとされる下野國一社八幡宮を始めとして、義家が戦勝祈願を行ったとされる神社が各地に点在することから、生前の義家の信心深さを垣間見ることが出来る。死後には義家自身も信奉を集めるようになり、平塚神社(東京都北区)等いくつもの神社で主祭神として祀られている。義家の武威が宿る弓矢には魔除け・厄除けのご利益があるとして、白河上皇に献上されたことも。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
八幡太郎はちまんたろう
その他
祀られている主な神社
多田神社
(兵庫県川西市多田院多田所町1−1)
平塚神社
(東京都北区上中里1-47-1)
白籏神社
(岩手県岩手町子抱3-86)
鉾附神社
(宮城県蔵王町大字矢付字外谷地30 )
八幡神社
(秋田県大館市早口字中仕田3)



