栗生顕友
くりゅうあきとも
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
南北朝
栗生顕友とは?
栗生顕友(?-?)は南北朝時代の武士。上野国(群馬県)で新田家8代目当主の新田義貞に仕える。武勇に優れ、義貞直属の精兵・新田十六騎党の一員であり、後の人びとからは新田四天王のひとりに数えられた。古典文学「太平記」の中にも顕友の活躍が記されており、越前国(福井県)金ヶ崎城での戦いでは兵数で圧倒的に有利な北朝の軍勢を欺き、敵軍と入れ違いに入城を果たした顕友の策は特に知られている。金ヶ崎城攻防以後の顕友については諸説あり、四天王揃って討死、城から脱出し逃れたなどがある。群馬県大原の栗生八幡宮は、顕友が移り住んだ大原で自身の守り神である八幡宮を奉じたことを由来とし、栗生の名を冠したとされている。 顕友は栗生神社(群馬県桐生市)で主祭神としてまつられている。ご利益は武運長久、火伏せ。栗生山の奥深くに鎮座し、創建は顕友の生きた時代よりも前の707年と伝えられている。
ご神徳
武運長久 火伏せ
祀られている主な神社
栗生神社
(群馬県桐生市黒保根町上田沢2238番地)
