具平親王
ともひらしんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1527位
- 皇族
平安 [964年~1009年]
具平親王とは?
具平親王(964-1009)は平安時代の皇族。村上天皇の子で、母は代明親王の娘である女御荘子女王。妻は為平親王の娘。村上天皇の第7皇子として生まれ、幼いころから聡明で和歌や漢詩に優れた才能を見せた他、音楽、書道、陰陽道、医術と幅広い分野における知識を有していた。親王と同じく詩文や書画に優れ、中務卿(なかつかさきょう)であった叔父の兼明親王が「前中書王」と呼ばれたのに対し、親王は「後中書王」と呼ばれた。時代の文人たちの中心人物であり、文学などの一流派においては祖と仰がれるような存在となっている。多くの和歌や詩文を残した藤原公任は、親王との論争をきっかけに「三十六人撰」を選んだとの逸話がよく知られる。親王の和歌や詩文は「拾遺和歌集」などの勅撰和歌集や「本朝文粋」に収められている。 親王は具平親王神社(兵庫県加古川市)や菱妻神社(京都市伏見区)の具平宮で祭神としてまつられている。具平親王神社は親王の孫にあたる源秀房が勅命を承り建立したもので、近くには親王の陵墓といわれる具平塚を見ることができる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
後中書王のちのちゅうしょおう
その他
千種殿ちぐさどの
その他
六条宮ろくじょうのみや
その他
