九鬼澄隆
くきすみたか
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~安土桃山 [~1584年]
九鬼澄隆とは?
九鬼澄隆(?-1584)は九鬼氏第7代当主であり、九鬼嘉隆の甥にあたる。父九鬼浄隆の死去により当主の座に就くが幼年であったために叔父嘉隆の補佐を受けた。しかし、伊勢国司北畠氏の助けを得た志摩七党の攻め手に耐え切れず城を棄て叔父嘉隆と共に、海路で安濃津(三重県津市)に逃げ落ちる。その後、叔父嘉隆は滝川一益を介して織田信長に近づき幕下に入る。北畠氏を信長が攻め落とす際に水軍で参加した九鬼氏は志摩一円の失地を回復し、その後九鬼水軍として信長の天下布武に大いに貢献することになるが、澄隆は叔父の嘉隆に殺害され、当主の座を奪われたと言われている。 澄隆は鳥羽市岩倉町に鎮座する九鬼岩倉神社に祭神として祀られている。九鬼岩倉神社は嘉隆に暗殺されたとされる澄隆の怨念を鎮め、九鬼氏の子孫繁栄を願って田城の砦跡に創建された神社。地元では権現さんとも呼ばれ氏神として親しまれている
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
九鬼岩倉神社
(三重県鳥羽市岩倉町1107-1)
