巨勢麻呂 神社の神様 - 神社ファン

巨勢麻呂

こせのまろ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
巨勢麻呂

菊池容斎(前賢故実)

祭神ランキング1527位

  • 公卿

飛鳥~奈良 [~717年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 巨勢麻呂とは?

    巨勢麻呂(?-717)は、飛鳥時代後期から奈良時代前期にかけての公卿。小徳・巨勢大海の孫で、京職大夫・巨勢紫檀の子。693年、直広肆に叙せられる。701年の大宝令施行に伴い従四位下に叙せられ、705年には民部卿に任じられる。続いて708年に左大弁に任じられ、率先して官事に努めていることを称され、正四位下に昇叙。709年に陸奥・越後両国の蝦夷征討のため陸奥鎮東将軍に任ぜられ、その後も711年に正四位上、713年に従三位、715年に中納言と元明朝と、非常に順調に出世の道を邁進した。716年、土地が肥沃で田野が広大な出羽国に目を付け、早々に人民を派遣し凶暴な狄徒を教え諭すことを朝廷に進言する。翌717年死去。最終官位は中納言従三位であった。 宮城県加美郡に、709年に巨勢麻呂が保食神を奉斎したと伝えられる飯豊神社がある。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    天川命神社
    (滋賀県長浜市高月町雨森1185)