宮道弥益
みやじのいやます
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 公家(貴族)
平安
宮道弥益とは?
宮道弥益(?-?)は平安時代の人物。醍醐天皇の外曽祖父に当たる。今昔物語集において、山城国宇治郡の大領とされ、孫の胤子が醍醐天皇を産んだことにより、四位に叙され修理大夫に任じられたという。最終的には宮内大輔にまで昇格した。弥益の邸宅跡を寺としたのが、京都市山科区に現存する勧修寺である。この寺は醍醐天皇が若くして死去した生母藤原胤子の霊を弔うために建てたもので、代々法親王が入寺する宮門跡寺院として栄えた。また、弥益の墓は彼の妻が建てたとされる大宅寺(京都府京都市)にある。現存するものは平安時代当時のものを江戸時代に再建したものと伝わるが、確証はない。 弥益は勧修寺の南に隣接している宮道神社(京都府京都市)に祀られている。宮道大明神、二所大明神とも呼ばれていた。主祭神は宮道氏の祖である日本武尊とその子である雅武王であり、後に勧修寺に縁のある弥益夫妻も合祀された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
