橘嘉智子
たちばなのかちこ
- 歴史的人物
- 女神・女性
祭神ランキング776位
- 皇族
奈良~平安 [786年~850年]
橘嘉智子とは?
橘嘉智子(786‐850)は第52代嵯峨天皇の皇后。太政大臣正一位の橘清友の娘であり、橘逸勢の従妹に当たる。正良親王や正子内親王をはじめ、嵯峨天皇との間には2男5女の子供がいる。後に正良親王が仁明天皇として即位する際には太皇太后となる。嘉智子は見目麗しい佳人として知られ、子供の多さからも嵯峨天皇の寵愛の深さをうかがうことができる。また、嘉智子は嵯峨天皇崩御後、京都嵯峨野に松森山檀林寺を建立した。この事から嘉智子は檀林皇后とも称されている。檀林寺は日本最初の禅院と言われているが平安中期には廃絶され、現在ではその跡地に天龍寺が建立されている。嘉智子は深く仏教に帰依していたことでも知られている。自らの身をもって諸行無常の教えを説き、人々に悟りを求める心を呼び覚ますために、死後は埋葬せずに放置し遺体が白骨化していく様を示したと言われている。この白骨となる様を描いた絵画は「檀林皇后九相図」として伝えられている。 嘉智子は京都市右京区に鎮座する梅宮大社に主祭神である酒解神の相祭神として、嵯峨天皇、仁明天皇らと共に祀られている。梅宮大社は橘氏の遠祖である橘諸兄の母により創建された神社であり、嘉智子によって現在の地に遷座された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
檀林皇后だんりんこうごう
その他


