吉川友兼
きっかわともかね
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
鎌倉 [1159年~1200年]
吉川友兼とは?
吉川友兼(1159-1200)は、鎌倉時代の武士、御家人、吉川氏2代目当主。父は吉川氏の祖である吉川経義。友兼は駿河国一の武勇を誇り、頼朝の命により信濃一の勇者と称されていた井上光盛を討ちとった。1189年、源頼朝に従って奥州合戦に出陣した。その後も1190年の頼朝の初入洛に従い、1193年の富士の巻狩りの警護も務め、日本三大仇討の一つである曾我兄弟の仇討による混乱の対応にも当たった。1200年の梶原景時一族追討の際はいち早く梶原氏の動きを察知し、船越三郎・矢部小次郎・庵原小次郎らとともに狐ヶ崎で待ち伏せ33人もの首級を挙げた。友兼は梶原景時の三男・景茂と死闘を演じて景茂を討ちとったが、自身も重傷を負ったため翌日死去した。 山口県岩国市横山には、歴代の吉川氏29柱を祀る吉香神社がある。また、すぐそばの吉川資料館には、友兼が狐ヶ崎で景茂を打ち取った際に使用していた国宝の太刀「狐ヶ崎」が収められている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
吉香神社
(山口県岩国市横山2丁目8番5号)
