吉川広家
きっかわひろいえ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~江戸 [1561年~1625年]
吉川広家とは?
吉川広家(1561-1625)は戦国~江戸時代の武士。吉川元春の子で吉川元長らの弟。安芸国(広島県)で吉川家の三男として生まれる。出陣していた九州で父・元春と兄・元長が相次いで死去し、広家が家督を継ぐこととなった。豊臣秀吉の命で月山富田城に居を移し、出雲(島根県)など4カ国を併せた14万石の所領を与えられる。秀吉の朝鮮出兵にも出陣、奮戦し功を上げている。関ヶ原の戦いでは毛利輝元が西軍に加わることを阻止できず、独断で徳川家康に内通する。西軍の総大将となった輝元の動きを阻害し、東軍の勝利に貢献した。関ヶ原後も毛利家改易の危機を避けるため東奔西走した。結果、毛利家は周防、長門の2国に減封されるも存続が決まり、広家自身は岩国3万石を与えられ初代領主となった。 広家は山口県岩国市の吉香神社に祭神としてまつられている。吉香神社は広家をまつる鎮昭社と、吉川経義をまつる高秀社を、吉川興経をまつる治功社に併合したものである。この3社は廃社されるところを、領民の請願により吉香神社として残されることになった。その後、吉川家代々の当主が加わり、祭神は28柱となっている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
吉香神社
(山口県岩国市横山2丁目8番5号)
