吉川元長
きっかわもとなが
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 武人
戦国~安土桃山 [1548年~1587年]
吉川元長とは?
吉川元長(1548-1587)は戦国~安土桃山時代の武士。吉川元春の子で吉川広家の兄。安芸(広島県)で吉川家の嫡男として生まれる。元服後は元資と名乗っていたが1573年に元長と改名した。武名を馳せた父・元春と共に山陰各地で連戦。尼子の残党と激しい戦いを繰り広げ武功を上げている。1582年には元春の隠居を受け家督を継いだ。豊臣秀吉による四国征伐には、小早川隆景とともに出陣し功績を上げている。その後の九州征伐では元春と共に出陣するが、元春が陣中で病死すると翌年には元長も病に倒れ、日向国(宮崎県)の陣中において死去した。文武に優れた吉川家にあり、元長も文学や宗教に対する造詣が深かったと伝えられ、陣中にも書物を携えていったとの逸話もある。広島県の重要文化財に指定されている枝宮八幡神社は、元春・元長親子によって本殿が再建された。また14代当主吉川興経の霊をまつるために治功大明神を創建した。 元長は山口県岩国市の吉香神社に祭神としてまつられている。治功大明神に高秀社、鎮昭社を併合し吉香神社とし、吉川家代々の当主を祭神としてまつっている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
吉香神社
(山口県岩国市横山2丁目8番5号)
