吉川経基
きっかわつねもと
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [1428年~1520年]
吉川経基とは?
吉川経基(1428-1520)は室町~戦国時代の武士。父は吉川10代目の吉川之経。安芸国(広島県)の小倉山城において嫡男として生まれる。家督を継ぐ前から各地の戦場で活躍し勇名をとどろかせていた。経基の名を全国に知らしめることとなった応仁の乱では、細川勝元の率いる東軍に組し京へ上り、連戦、死闘をくぐり抜ける。この時の経基の、体中傷だらけになっても奮戦する凄まじい姿に、「鬼吉川」や「俎板《まないた》吉川」といった呼び名が付いた。武功により領地が拡大する中、娘を出雲国(島根県)の尼子経久に嫁がせるなど、近隣諸国との関係も強化させる一方、80歳を過ぎても戦場に立ち続け、93歳でその生涯を終えた。経基は勇猛な武将としてだけではなく、和歌や書道に優れた才を持っていることで知られ、古今和歌集や拾遺和歌集の書写や自筆の和歌などが今も残されている。 経基は山口県岩国市の吉香神社で祭神としてまつられている。明治に入り廃社されるはずだった3社を併合した吉香神社では、歴代の吉川家当主が合祀されており祭神は28柱。藩主の御霊をまつる、全国でも数少ない神社である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
吉香神社
(山口県岩国市横山2丁目8番5号)
