吉川経幹
きっかわつねまさ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 藩士(岩国藩)
江戸 [1829年~1867年]
吉川経幹とは?
吉川経幹(1829-1867)は、江戸時代末期の周防国岩国領の第12代領主・岩国藩初代藩主。父は吉川経章。1844年に父が死去したため、16歳で家督を継いだ。1847年には文教の重要性を説き藩校・養老館を創設した。1864年に禁門の変により下された長州征討の勅命で長州藩は未曽有の危機に直面し、当時35歳の経幹は長州藩から朝廷や幕府との交渉を依頼された。極秘に征長軍参謀・西郷隆盛らとの会談を行った経幹は、長州藩三家老の切腹と謝罪状の提出を条件に、長州藩への攻撃の延期を請願した。その後、長州藩側の条件が履行されると、経幹は再び征長総督府の広島へ丸腰で赴き、撤兵を嘆願。経幹の気概を汲んだ征長軍は長州軍と交戦することなく、第一次長州出兵は終結した。この撤兵がなければのちの薩長同盟や大政奉還、王政復古も実現することはなかったといえる。「神か仏か岩国様は扇子一つで槍の中」と、敵地の真ん中へ丸腰で交渉に赴いた経幹を、人々は敬ったという。 山口県岩国市横山に、旧岩国藩主吉川氏歴代の神霊を祀る吉香神社がある。鳥居、神門、拝殿及び幣殿・本殿が南から北に一直線に並んだ構成となっており、全体に岩国藩大工の質の高い技量がうかがえる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
吉香神社
(山口県岩国市横山2丁目8番5号)
