吉川興経
きっかわおきつね
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
戦国 [1508年または1518年~1550年]
吉川興経とは?
吉川興経(1508?-1550)は戦国時代の武士。吉川元経の子で千法師の親。安芸国(広島県)吉川家の嫡男として生まれ、14代目当主となる。弓の名手にして武勇に優れた武人であったが、大内氏・尼子氏の勢力争いの中で去就が定まらず、度々寝返りを繰り返した。月山富田城の尼子との戦いでは、大内軍から参戦していたはずが合戦のさなかに再び尼子へと寝返り、結果として大内勢は大敗北を喫する。度重なる興経のこのような行為に家臣の中でも不信感が広がり、叔父の吉川経世や古参の家臣たちは縁戚の毛利家より養子を迎え入れ、吉川元春を新当主とした。興経は強制的に隠居させられ、毛利家領内の布川において幽閉されるが、毛利元就に謀反を疑われ妻子と共に殺害された。これにより吉川氏の正統は途絶えることとなる。 興経は山口県岩国市の吉香神社に祭神としてまつられている。元は吉川家の本拠地であった広島県大朝町に、吉川元春・元長父子によって創建された光大明神社(後に治功大明神と改名)にまつられていたが、明治に入り吉川家の当主が祭神となっていた他の2社を併合し吉香神社とした。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
吉香神社
(山口県岩国市横山2丁目8番5号)
