菊池経隆 神社の神様 - 神社ファン

菊池経隆

きくちつねたか

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
菊池経隆

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1003位

  • その他

平安 [1053年~1105年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 菊池経隆とは?

    菊池経隆(1053?-1105?)は平安時代の人物。父は菊池氏の太祖とも呼ばれる菊池則隆。菊池氏は肥後(熊本県)で大きな勢力を持ち、九州における武家の雄として知られていた。経隆には嫡男である兄がいたが、政敵暗殺事件に関与したことからその立場が危うくなり、末弟の経隆が父の跡を継ぎ第2代の当主となった。平安中期に太宰府管内で起きた刀伊(女真族)の侵入に際しては、撃退の功が経隆にもあったと伝える軍記はあるが、正式な記録には残されていない。統治者としては政において善政をしいたと考えられており、菊池氏興隆の礎は経隆の代で築いたものとされる。土地の寄進や建立で関わり名前が残された神社も多く、当時の経隆や菊池一族の権勢を知ることができる。 経隆は本拠地とした菊池市の神社で祭神としてまつられている。経隆の墓所がある地に建てられた出田若宮神社をはじめ、清水若宮神社、赤星菅原神社内の今宮神社、天神平今宮神社などその数は多い。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    出田若宮神社
    (熊本県菊池市出田2440番)
    網田神社
    (熊本県宇土市下網田町564)