祇園女御
ぎおんのにょうご
- 歴史的人物
- 女神・女性

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平安
祇園女御とは?
祇園女御(?-?)は平安時代後期の人物。武将・源仲宗、あるいは源惟清の妻であったとされる。「源平盛衰記」には平清盛の実母と記されているが信憑性は低く、実際には平清盛を養子に迎え入れた女性とする説が有力。祇園女御は白河法皇の晩年の愛人だが、出自や生没年など素性の多くが不明。祇園社脇の水汲み女だったという説もあるが確証はなく、記録に残っていないということ自体が低い身分の出身者であったことの証明になっている。本名さえ明らかになっていないため、居住地にちなんで「祇園女御」または「白河殿」と呼ばれているが、厳密には正式に女御と宣旨されていたわけではない。元は下級官女に過ぎなかった祇園女御だが、白河法皇に見出されてからは藤原顕季や平正盛の堂で盛大な仏事を行ったり、阿弥陀堂を建立して金銀珠玉で飾り立てた阿弥陀仏を安置するなど豪快に権勢を振るった。院の権威を背景に仏事を行ったのは、信心深さより貴族社会に影響力を持つための政治的な思惑が強かったと考えられる。 祇園女御の死後、その居住地跡は「土地を荒らすと祟りがある」と信じられたため永く空き地になっていた。現在、祇園女御は京都市上京区にある厳島神社に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
嚴島神社
(京都府上京区京都御苑)
