紀船守
きのふなもり
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 公卿
奈良 [731年~792年]
紀船守とは?
紀船守(731-792)は奈良時代の公卿。紀猿取の子であり勝長の父である。娘のひとりは桓武天皇の妃として入内している。船守は768年に勃発した藤原仲麻呂の乱により功績をあげ従五位下の位と勲五等の叙勲を授かる。藤原仲麻呂の乱とは恵美押勝の姓名を与えられ太政大臣にまで上り詰めた仲麻呂が権勢を手中にした道鏡に対抗し起こした乱である。この乱の中で仲麻呂の重臣である中衛将監矢田部老を射殺し駅鈴・御璽を守ったのが船守である。その後781年に桓武天皇即位後は厚い信任を得られてからは近衛中将、中納言兼近衛大将へと昇進を続け、791年には大納言に叙せられている。また、藤原種継らと共に長岡京の造営にも携わり、平城京からの遷都にも貢献している。 船守は大阪府泉南郡岬町に鎮座する船守神社に五十瓊敷入彦命、紀小弓宿弥と共に祭神として祀られている。船守神社は911年に醍醐天皇が創建した古社と伝えられている。豊臣秀頼の命により片桐且元が再建した本殿は現在では国の重要文化財に指定されている。また、近隣にある西陵古墳は船守の墳墓であるという説もある。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
船守神社
(大阪府岬町淡輪4442)
