関良介 神社の神様 - 神社ファン

関良介

せきりょうすけ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • その他

江戸 [~1817年または~1819年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 関良介とは?

    関良介(?-1820?)は江戸時代の人物。初めの名は当盛喜。讃岐国(香川県)では関良介と名乗った。薩摩藩(鹿児島県)奄美大島で豪族・当家に生まれる。四国巡礼で高松藩の湊村に差し掛かった際、急な病にかかり、地元の医師・向山周慶に助けられる。周慶は精糖技術の開発・研究を行っており、治療を受け回復した良介は、一度は故郷へ帰るが、その恩に報いるため、国禁を犯し甘蔗(サトウキビ)の種茎を携え周慶の元へ向かった。当時、甘蔗は薩摩藩から持ち出すことを禁止されており、これを破れば死罪となる重罪だった。この後、良介は讃岐に移り住み、周慶を助け砂糖製造に取り組む。研究を重ね、1790年には粗糖の製造に成功。その8年後には白砂糖を大坂の市場に出荷するに至った。約30年をかけ2人が作った白砂糖は後の和三盆へと繋がり、全国的に讃岐産の砂糖が知られたことで、財政難に苦しんでいた高松藩に大いに貢献した。 良介は向良神社(香川県高松市、東かがわ市)で祭神としてまつられている。讃岐の人々に恩恵を与えた良介らは、砂糖の神様として高松城内にまつられ、明治時代に現在の地に遷座された。社名は向山と良介の1文字ずつを合わせて名付けられた。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。