間部詮勝 神社の神様 - 神社ファン

間部詮勝

まなべあきかつ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
間部詮勝

表記なし(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 藩主(鯖江藩)
  • 老中

江戸 [1804年~1884年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 間部詮勝とは?

    間部詮勝(1804-1884)は江戸時代末期から明治時代の人物。父に間部詮熙を持ち、兄の急死によりわずか11歳で越前国(福井県)鯖江藩主となる。叔父の牧野貞喜の補佐の下、慢性的な財政難に苦しんでいた鯖江藩の改革に取り組んだ詮勝は、その才能を認められ鯖江藩で初めて幕政への参加を許された。その後も順調に昇進を続け、ついには幕閣の最高位である老中にまで上りつめる。安政年間に入り、幕府が攘夷と開国の間で揺れ動く中、詮勝は井伊直弼と共に安政の大獄に取り組むことになる。その弾圧は厳しく、尊攘派から井伊の赤鬼に対し間部の青鬼と呼ばれたという。しかし、捕縛した志士の扱いについて直弼と対立すると、老中を罷免され1万石の減封を被った。名君として知られる詮勝だが、芸術方面への才能にも優れていた。その実力は、間部氏の菩提寺である萬慶寺(福井県鯖江市)で見られる。ここの本堂には詮勝が描いた風神、雷神、龍神の三つの天井墨絵があり、市の指定文化財にもなっている。 詮勝は先祖の間部詮房、詮言兄弟らと共に松阜神社(福井県鯖江市)に祀られている。もとは鯖江藩邸内にあった受福堂で、現在の地に移築された受福堂御門は鯖江市の指定文化財である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。