間部詮言
まなべあきとき
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 藩主(村上藩
- 鯖江藩)
江戸 [1690年~1724年]
間部詮言とは?
間部詮言(1690-1724)は江戸時代の人物。西田清貞の五男として生まれ、長兄詮房の養子となった後、家督を継ぎ大名となる。しかし、同時に越後国(新潟県)村上から越前国(福井県)鯖江に移封され、初代藩主として一から藩政の確立に取り組まねばならなくなった。これは、かつて権勢を振るっていた間部氏に対する左遷であり、城主大名から無城大名へ降格させた上、収入も減らされた。当時の鯖江は北陸街道の宿場から遠く、家数27軒程度の寒村だったという。その中で詮言は家臣団の編成や城下町の建設に尽力し、鯖江藩の成長に大きく貢献した。 詮言は松阜神社(福井県鯖江市)に祀られている。もとは鯖江藩邸内にあった受福堂で、明治時代に入ってから現在の地に移転された。その際、詮房、詮言兄弟の他に子孫の詮勝と舟津神社の祭神大彦命らを合祀し、松阜神社と改名した。本殿右方には受福堂御門が移築されており、これは鯖江市の指定文化財である。
ご神徳
ご神徳は不明です。
