鎌津田甚六
かまつだじんろく
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- その他
安土桃山~江戸
鎌津田甚六とは?
鎌津田甚六(?-?)は安土桃山~江戸時代初期の人物。姓は釜津田とも。出身地には諸説あるが、陸奥国(岩手県)の金山師とされる。金山師は採鉱やそれに伴う土木工事を専門とする職業で、鉱山師・山師とも呼ばれた。安土桃山末期、盛岡藩は三戸(青森県)から不来方(岩手県)へ本拠を移し、墾田に向けて地域の灌漑を甚六に命じた。周辺地域である盛岡・紫波地方は慢性的な水不足に悩まされており、水田耕作には不向きであった。藩の命を受けた甚六は計測・設計の後に鹿妻穴堰を開削し、灌漑を行った。取水元である雫石川は流れの激しい川であったが、中流にせり出した岩山に穴を開け、内部に水を通すことで、周辺流域の水防にも貢献した。取水口の設計位置は現代の技術から見ても最良といわれ、現在も同地点に頭首工が作られている。鹿妻穴堰の竣工から約50年後に大鹿妻堰を完成させたとの記録があり、長きにわたり地域の発展に貢献した。 甚六は鹿妻穴堰頭首工付近にある鹿妻神社(岩手県盛岡市)で、罔象女神と共に祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
鹿妻神社
(岩手県盛岡市猪去田面野木46)
