賀茂真淵 神社の神様 - 神社ファン

賀茂真淵

かものまぶち

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
賀茂真淵

Hannah(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング776位

  • 学者

江戸 [1697年~1769年]

賀茂真淵とは?

賀茂真淵(1697-1769)は江戸時代中頃の国学者であり歌人でもある。生家は遠江国敷智(ふち)郡浜松庄(現在の浜松市)に生まれ、父親は賀茂神社末社の神官の出自であり、京都上賀茂神社の社家にも遠くつながる家柄となる。真淵とは出身の敷智にちなんで名乗った雅号であり、3月4日に生まれたことから三四(そうし)という通称もある。11歳の頃からのちに師となる荷田春満の姪に当たる杉浦国頭の妻真崎に手習いを学び、26歳より春満のもとで本格的に国学を学び始めた。1737年には江戸に居を移し、将軍徳川吉宗の次男である田安宗武の和学御用として士官した。その後1760年には隠居するが、1763年に古典の調査のために伊勢方面に向かう折に松阪で本居宣長に「古事記」の研究を託し、宣長の著書「古事記伝」つながった逸話は有名な話。真淵は当時主流であった漢文を研究する漢学に対して、万葉集、古事記、日本書紀などの日本に古くから伝わる書物などを研究する新たな学問「国学」を推進した。国学は春満が提唱し、真淵が確立、本居宣長が大成し、平田篤胤が発展させたと言われている。この四人をして国学の四大人と称する。真淵の著書は多く、代表的な著作として「冠辞考」、「万葉考」、「祝詞考」、「源氏物語新釈」などがあげられる。 真淵は浜松市中区に鎮座する縣居神社に祭神賀茂真淵大人命として祀られている。縣居神社は1838年に真淵の信奉者である浜松藩主水野忠邦などによって賀茂神社の境内に建立され、1984年に現在の位置に遷座されている。

ご神徳

学業成就 合格祈願

祀られている主な神社

本學神社
(長野県高森町大字山吹2919)
縣居神社
(静岡県中央区東伊場1-22-1)