花井吉成 神社の神様 - 神社ファン

花井吉成

はないよしなり

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

江戸 [~1613年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 花井吉成とは?

    花井吉成(?-1613)は江戸時代の武将。子に花井義雄がいる。三河国(愛知県)東部の松下氏傍流の家に生まれ、若くして徳川家康の近習として仕えた。その後、家康の命により松平忠輝の家老を務めるなかで越後国高田藩主に任じられ、城の守りを司る松代城代を務めた。吉成の才は土木事業にあり、北国街道の改修、伝馬宿の設置をはじめ、裾花川の瀬直し、川中島平に犀川から用水路を引くなど水田の開発にも尽くした名君としてその名を残している。特に裾花川の瀬直しによる功績は大きく、当時は堰の一つもなく頻繁に洪水を起こしていた乱流を現在の流れに変えたのは彼であると言われている。一方、それを証明づける史料は少なく、この土木事業は吉成一代で成し遂げたものとも、子である義雄との共同事業であるとも言われている。吉成の墓は西念寺(長野県長野市)にある。この寺は1365年西応寺という名で建てられたものであるが、その後寂れ、松代城代となった吉成が中興開基となって再建した。その時に寺号を西念寺と改めたという。 吉成は子の義雄と共に、花井神社(長野県長野市)に祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    花井神社
    (長野県長野市篠ノ井小松原2453-2)