河上弥市 神社の神様 - 神社ファン

河上弥市

かわかみやいち

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 藩士(長州藩)

江戸 [1843年~1863年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 河上弥市とは?

    河上弥市(1843-1863)は江戸時代末期の人物。河上繁完の子で、大伯父に村田清風がいる。103石の家禄をもつ長門国(山口県)の藩士の子であった弥市は、同じ大組士の家に生まれた高杉晋作と幼少の頃からの親友であった。その縁から弥市は、1863年6月に高杉晋作が中心となって立ち上げた奇兵隊に参加し、共に小倉藩領の門司・田ノ浦を占領して砲台を築いている。また同年9月、高杉晋作が政務役になった後は、滝弥太郎と共に2代目の奇兵隊総督を務めた。しかし弥市は1863年、生野の変に際して挙兵した農民たちに裏切られてしまい、21歳の若さで自刃してこの世を去っている。彼の死を知った高杉晋作は、「私の知り合いは世に数多くいるが、私の心を知る者は吉村虎太郎と河上弥市のみだ」と悼んだ。 後年、高杉晋作の発議によって建立された櫻山神社には、吉田松陰や高杉晋作といった幕末の名だたる名士と共に河上弥市が祀られた。また、弥市とその同志を含めた計13名が眠る「殉節忠士之墓」は招魂社となり、後に山口護国神社となっている。地元ではこの神社を「南八郎さん」と弥市の別名で呼ぶ風習があり、今でも毎年春には慰霊祭が行われている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    桜山神社
    (山口県下関市上新地町二丁目六番二二号)