加藤嘉明
かとうよしあきら
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング776位
- 大名
安土桃山~江戸 [1563年~1631年]
加藤嘉明とは?
加藤嘉明(1563-1631)は安土桃山~江戸時代の人物。加藤教明の子、加藤明成の親。三河国幡豆郡(愛知県西尾市)で、松平家康の家臣の家に生まれる。豊臣秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いでの功績より、「賤ヶ岳の七本槍」の一人とされた。冷静沈着に状況を判断し、戦いにおいても、緻密な作戦を立てて攻める名将であった。秀吉の朝鮮出征にも従軍したが、進行中に秀吉が死去し、嘉明も帰国する。秀吉死去後は徳川家康側につき、関ヶ原の戦いでも活躍した。数々の戦功から、伊予に領地を授かり、松山に改名、城下町や河川の改修も行なっている。晩年には、陸奥会津藩へと移封となった。 加藤嘉明は、藤栄神社(滋賀県甲賀市)に祀られている。水口藩(滋賀県甲賀市)は、嘉明の孫である加藤明友が初代藩主となして立藩された。水口藩が加藤家初代当主である嘉明を讃えて祭神とし、建てたのが藤栄神社である。建立当初は嘉明神社、嘉明大明神と呼ばれ、明治に入ってから現在の藤栄神社へと名前を変えた。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
藤栄神社
(滋賀県甲賀市水口町梅が丘2-26)
